『被災犬「じゃがいも」の挑戦』読書感想文

『めざせ! 災害救助犬 被災犬「じゃがいも」の挑戦』読書感想文です。

分量は、題名・学校名・氏名を含め、400字詰め原稿用紙で4枚半程度です。


『被災犬「じゃがいも」の挑戦』

めざせ!災害救助犬

めざせ!災害救助犬

  • 作者:山口常夫
  • 出版社:岩崎書店
  • 発売日: 2014年12月01日

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『被災犬「じゃがいも」の挑戦』を読んで

神奈川 花子

 犬の「本当の気持ち」は分かりません。ただ、人が犬の様子を見て、きっとこう思っているに違いないと考えているだけです。しかしこれは人同士についても言えることです。他人の本当の気持ちは分かりません。ただ、わたしたちのそれぞれが他人の様子を見て、その人の気持ちを想像しているだけです。この「他人」にはもちろん家族や、仲のよい友だちも入ります。

 犬にしても他人にしても、その「本当の気持ち」を知ることはできません。

 「おれにはお前の気持ちが分かる」

 という人は、ゴウマンな人です。自分以外の人や動物、ロボットその他の「本当の気持ち」は、分かりようがありません。そうして分からないなかで、いちばん信頼できる人は、「分からない」ということをスタート地点にしている人でしょう。

 「分からない」と思うからこそ、人は、犬なり他人なりの様子をよく見ます。その鳴き声や話に耳をかたむけます。そして「こういう気持ちだろうか」と考えて、多くの場合には対話も重ねて、その時々の相手の気持ちに寄り添おうとします。

 だからわたしには、『被災犬「じゃがいも」の挑戦』に、強くひっかかったところがありました。それは

 「もちろん、私たち訓練士は犬のきもちを十分理解したうえで、訓練や行動をしているので、けっしてむりなことをさせてはいません。」

 といったところです。わたしは自分が犬だったら、絶対にこう言われたくありません。わたしの気持ちについて「もちろん十分に理解している」などという人に、ついていきたくありません。そんなにかんたんに、わたしの気持ちが理解されてたまるものですか。

 山口さんの活動はとてもすばらしいものです。その活動があってこそ、たとえば東日本大震災で被災した多くの犬たちが命を救われました。山口さんの行動はみんなに認められてもいます。

 しかしだからこそ余計に、犬のわたしは、山口さんの腕から逃げ出そうとします。優れた訓練士であり、みんなから認められていて、非の打ち所がない山口さんに

 「彼女のきもちはもちろん十分に理解しています」

 と言われるのが、何かイヤなのです。何か逃げ場がないように感じてしまうのです。もし山口さんがわたしの気持ちを代弁して

 「がんばっているのです。みんなの期待にこたえたい、と思っているのです」

 などとおっしゃったら、わたしは絶望的な気持ちになるでしょう。

 山口さんは優れた訓練士です。ひょっとすると犬のわたしは不安になるかもしれません。わたしの気持ちが山口さんが思っている通りの気持ちになっていくような気がして……。

 じゃがいもが四回目の試験に落ちたあとに、山口さんはこういうメッセージを受け取りました。

 「四回も試験におちたんだから、もうやめたら。かわいそう」

 「才能がないんじゃないの」

 これに対して山口さんはこう思います。

 「私はじゃがいもをぜったい合格させたい。だから、あきらめません」

 そして、他のポジティブな応援メッセージをひいて、

 「こんなすてきなたくさんのメッセージをいただいているのですから、あきらめるわけにはいきません」

 と言います。

 山口さんまた、本の最初の方で、こうも言っています。「できたときはたくさんほめてあげ、ごほうびにおいしいものを少しあげ、たっぷりあそんであげます。これをくり返すことで、犬は人の役に立つことに喜びをおぼえ、進んでその役目を果たそうとします。」

 犬のわたしはきっと、たくさんほめられて、ごほうびをもらい、たっぷり遊んでもらっては、進んで自分の役目を果たそうとするようになるでしょう。そして、絶対に合格したい、絶対にあきらめないという気持ちで日々の訓練に取り組むことでしょう。

 そんな、訓練士の方の望み通りの犬になるなんて、わたしは死んでもイヤです。


参考

課題図書

課題図書 2019 夏のすいせん図書読書感想文コンクール
https://kanagaku.com/archives/27168