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『ブロード街の12日間』(デボラ・ホプキンソン)読書感想文例 中学校

2015(平成27)年度「第61回 青少年読書感想文全国コンクール」課題図書デボラ・ホプキンソン『ブロード街の12日間』の読書感想文例です。

分量は400字詰め原稿用紙で5枚を埋めるのにちょうどいいものになっています。


『ブロード街の12日間』を読んで

神奈川 太郎

 十九世紀のイギリスではあらゆる環境が劣悪だった。社会には貧困と格差が蔓延し、治安も悪かった。自然科学も未発達で、間違った知識が広く信じられていた。また、それを疑おうとする者もほとんどいなかった。迷信は例えば感染症の拡大を招き、ブロード街では瞬く間に数百人もの人々が命を落とした。

 これに対して、二十一世紀の日本に住む私たちは何と恵まれていることだろう。私たちが忘れてはならないのは、この環境が少年イールやスノウ博士のような人々によって勝ち取られてきたものだということだ。

 少年イールはかつて両親と共に愛にあふれた家庭で暮らしていた。しかし父親が亡くなり、母親と幼い弟と三人で残されると、途端に暮らし向きは悪くなる。母親は家を支えるために無理をして働き、仕事に必要だった視力を損ねる。働けなくなった彼女は悪い男につかまり、暴力を振るわれるようになって失意の底に他界した。イールは母親の死後、弟を連れて横暴な義父から逃れ、浮浪児として泥の河をあさる生活を始めることになる。

 親指ジェイクに感じられる悲しみも忘れられない。彼はもともと腕の良い鍛冶屋として信頼を集めていた。しかし仕事中の事故で親指を失い、鍛冶屋を続けることができなくなって浮浪者へと転落した。

 イールやジェイクが受けた打撃は誰にでも起こり得ることだ。私たちにだっていつ同様の不幸が降りかかるかもしれない。ただ、十九世紀イギリスと現代の日本とで大きく異なることは、現代の日本では社会が私たちを守ってくれるということだ。物語のなかでは触れられていないが、そうした社会を作り上げてきた人々のことも、忘れてはならないだろう。

 貧困や格差といった社会的な問題が副旋律を奏でるのに対し、迷信の打破という科学的な問題がこの物語の主旋律を奏でる。

 ブロード街の人々は「青の恐怖」、コレラの感染が拡大しているとき、その原因は街を覆う瘴気だと考えていた。街を覆う淀んだ空気が伝染病を運ぶのだと、当然のように思っていた。そして真の感染源である井戸水にはまったく目を向けようとしなかった。井戸水はおいしいと評判で、見た目はとても清らかだったからだ。

 この本を読み終えた私たちは、コレラが水によって感染を広げたということを知っている。だからブロード街の人々が迷信に惑わされている姿を見ると、とても愚かだと思ってしまう。しかし私たちも彼らとどれだけ違うというのだろうか。私たちは私たちの身の回りにあるものをどれだけ理解しているというのだろうか。

 目の前にあるスマートフォンはどうやって動いているのか。その中のメッセージアプリはどんなプログラムなのか。私が今朝飲んだ頭痛薬はどういう仕組みで痛みを鎮めるのか。社会の仕組みにしてもそうで、私たちはどのような法律に守られ、どのような権利と義務をもつのか。

 便利な道具やシステムなどに囲まれて生きていながら、そのブラックボックスについて無知な私たちに瘴気説を笑うことができるのだろうか。

 イールとスノウ博士が教えてくれたことは、知的好奇心と科学的検証の大切さである。

 コレラの感染経路の解明がブロード街の人々の命を救った。これは身の回りの事物に対して「どうして」と疑問詞を突き付けていった彼らの知的態度によるものだ。たとえ常識のようなことであっても納得できるまで仕組みを探ろうとする姿勢が、多くの人々を「青の恐怖」から救った。

 物語のなかでスノウ博士ははじめから水を疑っていたようだけれども、その説を唱えるときにはイールの協力で念入りな裏付けをとった。彼らが集めた証拠が委員会の人々を説得し、汚染された井戸のポンプを外すことを決断させた。もし博士が証拠を集めずに同じことをしていたら、私たちはいまでもコレラが瘴気で感染すると思い続けていたかもしれない。

 現在、私たちは正しい科学的知識に基づいて防疫された社会に暮らしている。この恵まれた環境は、イールやスノウ博士のような人々によって作られてきたものだ。

 病原菌のような自然物にしても、ハイテク機器や薬、社会制度のような人工物にしても、私たちは多くのブラックボックスに囲まれて生活している。それらすべての中身を知るには箱が多すぎるし、中身も複雑すぎるだろう。しかしそれでも、それらに疑問詞を突き付け、未来の社会にさらに大きな恵沢をもたらしていくことこそ、私たちが連綿とつないでいくべきバトンであるように思われる。


参考

※ 読書感想文関連の記事一覧はカテゴリー「読書感想文」からご覧ください。

「神奈川県 夏のすいせん図書 読書感想文コンクール2015 課題図書」

「第61回 青少年読書感想文全国コンクール 課題図書」