『かべのむこうになにがある?』の読書感想文です。
分量は、題名・学校名・氏名を除き、400字詰め原稿用紙で5枚半程度(※)です。
※ 青少年読書感想文全国コンクールの規定は3枚まで。
目次
かべのむこうになにがある?
広告
『かべのむこうになにがある?』を読んで
神奈川 太郎
大昔のギリシアでは、お城もとりでもない王国が栄えていたそうです。その王国はとても強大だったため、文字通り「敵がおらず」、自分たちを守る必要がなかったのだと聞いたことがあります。強い人は、壁を必要としないようです。
「壁」はいま、とても流行しています。マンガのなかで巨人から人間を守ってくれる壁、アメリカの大統領がメキシコとの国境に作る壁、お金持ちのゲーテッド・シティを囲む壁……。わたしたちはいま、壁を必要としています。
かつて「壁」といえばベルリンの壁でした。「あかいかべ」は、すぐにソ連を連想させたでしょう。わたしたちは昔からずっと壁を作り続けています。
わたしたちはきっと、壁を必要とするような、弱い存在なのです。
壁は何の象徴でしょうか。守られなければ生きていけないわたしたちの弱さの象徴、自分たちをおびやかす他者に対する排除の象徴、自分たちと異なる暮らしをする人々への不信の象徴です。また、考え方が違う人々の分断の象徴でもあるでしょう。
しかし、壁はその外側への憧れをかき立てずにはいられません。マンガの人間たちは壁の向こう側へと進んでいきます。
『かべのむこうになにがある?』は、壁の外側に興味をもったネズミの話です。壁の内側で暮らすネズミは、壁の「向こう側」に何があるのか知りたがります。
ネズミは恐がりのネコに、年老いたクマに、ハッピーに生きるキツネに、そして絶望したライオンに、それぞれ壁の「向こう側」についてたずねました。しかし、だれもそれを教えてくれません。
ある日、ネズミは空色のトリの背中に乗って、壁の「向こう側」へと飛び出します。そこは「たくさんのいろであふれるゆめのようなせかい」でした。ネズミが不思議に思っていると、空色のトリが教えてくれました。ネコもクマもキツネも、そしてライオンも、まぼろしの壁のなかに暮らしているだけなのだ、と。自分(たち)の外側を恐いと思うから、恐いものが見えてしまい、自分(たち)の周りにまぼろしの壁を作ってしまっているのだ、と。
ネズミはみんなに空色のトリから聞いた話を伝えました。ネコもクマもキツネも「ひとりまたひとりと」壁を「すりぬけて」出てきます。ネコは壁の外側への恐怖に打ち勝ったのでしょう。クマは自分の世界から踏み出す好奇心を持てたのでしょう。キツネは楽しければいいという考え方を改められたのでしょう。
最後にライオンが、壁の外へと出てきました。ライオンは、かつて壁の外で戦って傷つきました。だから壁の外を「やみだ」と言ってカラにこもっていました。そんな彼も、壁の外へと歩き出します。
壁の外には自分よりも強い他者がいるでしょう。自分たちとは異なる生き方をしている他者がいるでしょう。文化や考え方の違いが、きっとみんなを傷つけるはずです。
それでもネズミと空色のトリとは、壁の外側を良いものとします。テッケントラップもこう書きます。
「勇気ある人たちに
そして、壁のない世界に」
と。
彼らは語りかけます。
まずネコに。恐怖に打ち勝つように、と。「こわいとおもうからこわいものがみえるんだ」。
次にクマに。おじいさんになっても、好奇心をなまけることのないように、と。どんなに年をとっても、何かを不思議に思うことをやめてはいけない、と。
キツネに。あれこれ難しいことを考えずにハッピーでいられればいいというわけではない、と。
そしてライオンに。たとえかつて傷ついたことがあったとしても、外の世界との対話をやめてはいけない、と。
もしわたしが空色のトリに出会ったら、どういう言葉を交わせるでしょうか。わたしには自信がありません。壁の外に踏み出せる自信がありません。
最初に書いた通り、壁なしで生きていけるのは強い人たちだけです。自由貿易が国内産業をつぶしていくように、壁のない世界は競争力のない弱い人たちには辛いのです。
わたしは、恐がりのネコが壁の内側にこもっているのを非難できません。もうおじいさんのクマには、壁のなかで一生を終えてもらいたいと思います。ハッピーなキツネをわざわざ壁の外に引きずり出すのはひどいことです。そして何より、壁の外を「はてしないやみだ」と言うライオンに、その「やみ」にもう一度踏み出すように勧めることは、あまりにざんこくではないでしょうか。
もちろん、壁の外側があることを知るのは悪いことではありません。しかし、壁の外側に出るか、内側に留まるかは、選ばせてほしいと思います。どちらが善い、どちらが悪いということではなく。
「せかい」のすばらしさは、だれにとって、どんな観点ですばらしいのかということを抜きにして語れません。空色のトリはその意味で軽率だと思います。だれにも、壁の内側の幸福を見下す権利はありません。
参考
青少年読書感想文全国コンクール 2019 課題図書が発表
https://kanagaku.com/archives/26628