『車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる』読書感想文


車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる読書感想文です。

分量は、題名・学校名・氏名を除き、400字詰め原稿用紙で4枚を少し超える程度です。


車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる

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『車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる』を読んで

神奈川 太郎

 島田須尚さんの献身的な動物愛護活動・社会福祉活動には、頭が下がるものがある。彼の素晴らしい活動を伝えてくれる『車いす犬ラッキー 捨てられた命と生きる』の作者、小林照幸さんの丁寧な取材・執筆に敬意を表したい。

 その上で、なのだが、今の私にはこの本がどうも合わなかったことを告白させてほしい。

 私がこの本をおもしろく読めなかった原因は、大きく二つに分けられると思う。ひとつずつ説明していこう。

 まずひとつ目は、この本が出来上がる過程の問題だ。

 この本は、小林さんが島田さんに話を聞いて書かれている。島田さんご自身が書いた自伝ではない。そして、特に昔の出来事について、島田さんは記憶を辿りながら話している。つまり、実際の島田さんの体験が小林さんの手によって活字になるまでに、いくつかのプロセスが挟み込まれている。これらのプロセスは、「事実に基づいたノンフィクション」である『車いす犬ラッキー』に、二つの特徴を与える。

 まず第一に、悪役を登場させることができない。ノンフィクションであり、登場人物が実在の方々である以上、当然と言えば当然なのだが、やや物足りなさを感じてしまう。悪役とまではいかずとも、心の暗部くらいは覗き見たいものだが、そうした記述も、簡潔な譲歩の中でしか見られない。島田さんの心の葛藤に深く分け入れていないように見えるのが、残念に思えた。

 第二に、記述が微に入り細を穿ち過ぎている。小林さんが島田さんに取材を申し込んでいる以上、島田さんがせっかく話してくれたことを書かないのは失礼にあたるだろう。だから、犬の寄生虫予防薬が一錠で二五〇〇円することや、島田さんが入院中に確定申告の心配をしていたことなどが事細かに書かれている。こうした記述は、私には辛かった。

 私がこの本をおもしろく読めなかった原因の二つ目は、読んでいるときに感じたザラリとした感覚だ。

 この心のザラつきは何なのだろうか。

 行為の背後には意図がある。小林さんが『車いす犬ラッキー』を書いたのも、何らかの意図があってのことだったろう。その意図とは、島田さんへの表敬ではなかったか。冒頭に書いた通り、島田さんは熱心に動物愛護活動・社会福祉活動に取り組んでいる。その姿への感動が、小林さんに筆を執らせたのではないか。まさにそのことが、私の心にザラリとした感触をもたらした。

 島田さんは、遠く離れた南の島に暮らす、私とは違う世界にいる方だ。多くの苦労もあったようだが、経済的に恵まれた時代に生きた。事業に成功し、ラッキーのための広いスペースのある自宅と、ラッキーを乗せることができる自家用車とを持ち、その世話に、そしてボランティア活動に、毎日いそしんでいる。『車いす犬ラッキー』は、恵まれた環境を手に入れた島田さんが善行を積む話だ。小林さんはその善行に感動し、島田さんの人生の語り部となった。そして、島田さんの「自分史」を紡いだ。その「自分史」を、私は読んだのだ。

 おそらく、私の心のザラつきの原因は、恵まれた島田さんの善良な半生を事細かに読まされたところにあるのだろう。そこに、ありもしない自己愛の匂いを嗅いでしまったところにあるのだろう。

 問題は私にある。では、その私はどうすればいいのだろうか。

 「語ってみろよ、おまえも」

 と思う。私も、自分自身の「自分史」を紡ぎ、物語ればいい。

 ラッキーの終生飼養をはじめとして、島田さんの活動は本当に素晴らしいものばかりだ。その活動を広く伝えた小林さんの労も、ねぎらい切れるものではない。その上で、私が自分自身の素直な気持ちをここに綴ったことを許してもらえればと思う。


参考

青少年読書感想文全国コンクール 課題図書2018 高校


「車いす犬ラッキー」課題図書に 徳之島の男性との愛情物語


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