『きみの存在を意識する』(梨屋アリエ)読書感想文

梨屋アリエ『きみの存在を意識する』読書感想文です。

400字詰め原稿用紙で 10 枚半程度です。


『きみの存在を意識する』

きみの存在を意識する

きみの存在を意識する

  • 作者:梨屋 アリエ
  • 出版社:ポプラ社
  • 発売日: 2019年08月02日

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『きみの存在を意識する』を読んで

神奈川 花子

はじめに

 わたしはこれから『きみの存在を意識する』の感想文を三つの部分に分けて書いていきます。

 第一の部分では、なぜこのようなYA小説が必要とされているのかということについて、第二の部分では、「だれの存在を意識するのか」ということについて、そして第三の部分では、この作品のグロテスクな部分について、それぞれ感じたことを書き留めていきます。

YA小説の必要性

 わたしたちの周りには、多くの娯楽があります。たとえば本を手に取るにしても、まずマンガにすばらしい作品がたくさんあります。そんななかで、『きみの存在を意識する』のようなYA小説にはどのような価値があるのでしょうか。

 心桜(こはる)は一九六ページで、ひすいに対して「ちゃんとした使える知識」の大切さを説きます。その知識の入り口として、YA小説は最適です。

 小説では、マンガであれば何巻も必要だろう情報量の知識を比較的コンパクトにまとめることができます。もちろん「説明文」や「評論」といった形式に比べれば、その情報密度は低いでしょう。しかし、「物語文」・「小説」という形式の方が、その読み始めのハードルも低いでしょう。

 もしかしたら、インターネットが発達した現代において、必要な知識は検索すれば出てくるようにも思われるかもしれません。しかし、ビバノンノンさんが言う通り、「検索ワードをいれただけでは、本当に知りたい情報には行き当たらない」(一七二ページ)ものです。「なにかを調べるためには、調べるための知識が必要」(一七一ページ)です。

 知識があれば、それを使って自分を守ることができます。特にわたしたち中学生からしてみれば、大人がとても大人げなかったりするので、自衛のための武器がほんとうに大切です。理不尽な「教育」にさらされることが多いわたしたちこそ、積極的に「それぞれの権利は行使すべき」(一九四ページ)です。それぞれの権利獲得のための戦いが、わたしたちの世界をより良くしていくことにもつながります。

 ただしもちろん、知識を得たら戦わなければいけないというわけではなく、ひすいのように戦わずに過ごす在り方も尊重されるべきでしょう。

 YA小説という形式はまた、「物語文」・「小説」という形式の例に漏れず、感情の襞(ひだ)の細かな表現に優れています。これはマンガや各種映像作品(ドラマ・アニメ・映画など)に比べて突出した特長だといえるでしょう。

 わたしたちは自分自身の人生を一度きりしか生きることができません。しかし、小説の登場人物を通じてであれば、人生を(少なくとも局時的に)何回も生きることができます。たとえば『きみの存在を意識する』を読むことで、わたしたちは中学二年生を複数回繰り返すことができます。登場する人物の気持ちも、相当程度わかります。

 そんな人生の繰り返しをすることによって、わたしたちはよりよく自分自身の、一度きりの人生をプレーできるようになるでしょう。大人に比べて経験値が少ない中学生にとってみれば、この演習による感情把握能力のレベルアップはかなりの力になります。

だれの存在を意識するのか

 『きみの存在を意識する』のなかには、書名の由来を直接的に示すようなエピソードはなかったように思います。では、この書名の「きみ」とはいったいだれなのでしょうか。

 きっと「きみ」というのは、配慮されるべきひとりひとりの「きみ」のことを指すのでしょう。わたしたちの手と目の届く範囲には、必ず、配慮が必要な「きみ」がいます。

 周りの人たちが気づかない「匂い」に苦しんでいる留美名は、三二六ページで、賀川さんにこうこぼしています。

 「わたしは……特効薬を出してほしかったんじゃなくて、わたしの話を聞いて、わたしの気持ちをまずはそのまま真剣に受けとめてほしかったんだもん」

 解決が難しかったり、できなかったり、あるいはそのそれぞれのように思われていたりする事柄についてだれかに相談すると、わたしはよく

 「だって、しょうがないじゃない」

 と言われてきたような気がします。そのたびに、自分の話はだれにも聞いてもらえないし、だれかに何かを相談しても無駄なのだ――という思いを強くしてきました。ラーンド・ヘルプレスネスという言葉を聞いたときには、

 「これこそわたしが感じていたことだ」

 とひざを打ったものです。

 ヘルプレスネスが身体に染み込んでいても、少なくともわたしは、よく、泣きつけるだれかがいてくれればと思ってしまうことがあります。そんな「わたし」の「存在を意識」してくれるだれかがいたら、どれほど救われることでしょう。

 おそらくこれは、わたしだけの気持ちではないはずです。少なくとも留美名の気持ちの一面ではあったはずです。配慮が必要な「きみ」とは、広い意味においては、わたしたち自身でもあります。

 小説は、そのジャンルの性質上、ひとりひとりの登場人物の気持ちをクローズアップします。これは、目の前のひとりひとりの「きみの存在を意識する」まなざしのレッスンになるでしょう。

 人間は「観念」ではありません。

 ナチスはかつて「ドイツ国民」を優れたものにしようとしました。しかしその「ドイツ国民」というのは「観念」であり、ひとりひとりの生身の人間ではありませんでした。だからこそ、ナチスは非人道的な行為に及びました。

 作品に沿えば、悪役の角野(かどの)先生が見ているのは、「観念」としての「良いクラス」です。そこでは、ひとりひとりの生徒にとって何が良いのか――ということが意識されていません。だから、角野先生は自分が考える「良さ」から外れる生徒を排除・「教育」することによって「良いクラス」を実現しようとします。

 もうひとつ作品に沿えば、理幹(りき)などは「女」や「男」といった「観念」で見られるのを歯がゆく思っている節があります。自分はあくまで自分なのであり、「女」や「男」といった見方をされたくないようです。

 抽象的な「観念」として人間を見るべきではありません。

 その線で続ければ、人間は「統計」でもありません。

 たとえば「十四万人の死者」といったとき、その十四万人ひとりひとりの物語は捨象されてしまいます。彼ら、彼女らのひとりひとりに、生まれてから、その日に死ぬまでの物語があったのにもかかわらず、です。

 歳出における「社会保障費」・「民生費」といった統計も同様でしょう。歳出グラフを見て、その総額を減らそうとしたならば、まず「社会保障費」・「民生費」から削ろうとするのは当然のことです。しかし、その向こうで困っているひとりひとりの存在を意識するのを忘れてはいけません。

 人間はモノではありません。操作可能な対象物ではありません。ひとりひとりが名前を持ち、固有の経験を積み重ねてきた存在です。他者に対するとき、そのひとりひとりの呼吸のあたたかさを感じられるような関わり方をしたいものです。

 ただ、そうした人間関係は時として辛くなってきたりもします。『きみの存在を意識する』では、配慮する側の疲弊についても触れられます。細かな目配りが優しいと思いました。

良い意味でのグロテスクさ

 物語は全体として快く抑制が効いた筆致で進むのですが、なかで二カ所だけ、少し浮いている部分があります。拓真の「手紙」と心桜(こはる)のメッセージとの二カ所です。その部分だけは制御が外れて、まるでグロテスクな内臓がむき出しになっているような印象を受けました。

 しかし、そのグロテスクさも、決して不快なものではありません。共感できる――と言ったら馴れ馴れし過ぎるでしょうが、とにかく、全体からしたら異色の部分であるにもかかわらず、作品を損なうものではありませんでした。

 まずは一カ所目。拓真の「手紙」には、敗者の美しさがあります。理知的な人物である拓真が最善を尽くして、それでも運命的に破滅する姿はとても美しいものでした。四編の短編の主人公たちのうち、この拓真にだけは、今後「いい人」に恵まれてほしいと思いました。唯一、危なっかしさを感じる人物だったからです。もっとも、理幹の出生の秘密についてや、心桜にビバノンノンさんの魔の手が迫らないか――といった、比較的小さな心配はありますが……。

 そして二カ所目。心桜が梅田に書いたメッセージは、作品全体のなかでもっともグロテスクに目立った部分でした。心桜のエピソードのなかに死の匂いはまったく漂っていません。それにもかかわらず彼女の転校前最後のメッセージは

 「生きてようね。みんな、死なないで、生きていてね。」(二〇三ページ)

 というものでした。

 これを含む「血のインク」の最後の部分は、全体からかなり浮いています。しかし、わたしはこの部分にも、どこか親近感を感じました。

 死は、時として甘い誘惑です。だからこそ、たとえばキリスト教では自らその道に進むことを悪徳としているのでしょう。生きるのは時として辛いものです。しかし、それでも生に踏みとどまっているという連帯は、生き続ける力になります。掲げるべき旗としての生……。

 わたしたち中学生は、大人げない大人たちに囲まれながら、「子どもげない」日々を生きています。その日々を生き抜くための武器と旗とを与えてくれる、『きみの存在を意識する』はそんな一冊でした。


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