慶應大学医学部生協にタイツのアツギのストッキング自販機

慶應義塾大学医学部の生協(coop)には、タイツのアツギがストッキングの自動販売機を設置しています。

アツギは神奈川県海老名市、海老名高校のすぐ近くに本社を置くインナーウェアメーカー。


アツギの自動販売機

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【参考1】2020 年 11 月2日の事件

アツギは昨年 11 月2日、本来であれば pixiv やコンピューターゲームなどで公開されるべきイラストを自社ホームページに多数掲載し、商品の購買層をアツギ自身がどう見ているのかを示し、企業イメージを損ねました。

※これに先立つ 10 月 21 日にはタカラトミー( @takaratomytoys)が児童への加害可能性を冗談を用いて探るような発信を行い、やはり企業イメージを損ねていました。

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【参考2】看護師の離職率等について

日本看護協会 編,『2019 年 病院看護実態調査』日本看護協会調査研究報告 <No.95>2020,https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/research/95.pdf


【参考3】看護師と慶應との医療労働運動史、「ニッパチ闘争」

 ニッパチ闘争の“天王山”といわれた熾烈な闘いが慶応病院で行われた。〔中略〕当局は 4 月 30 日、「47 年3 月までに月 8 日夜勤を実現する」と回答するが、具体的な増員数を示せず、労組は 5 月 1日より、まず 20 病棟が「組合ダイヤ」に入る。当局は、支部団交を拒否し、労使の紛争が強まる。〔中略〕5 月 31 日の団交で、「昭和 44 年度の予算定員は 581 名であるが、この予算定員を超えて早期に39 名の増員に努力する」との確認書を交わして妥結する。

 しかし、当局は「協定書の履行をさぼり、看護婦の増員をせず、逆に診療体制の『合理化』などで全病棟の稼働率を高め、採算性の低い病棟の閉鎖、協定書の一部の一方的破棄通告」(※ 48)、さらには「増員・夜勤制限闘争」の中心となっていた組合役員の 5 人の看護婦に対して「上司の命に服さず誹謗中傷を行った」などとして一週間の停職処分にしたのをはじめ、労組に対する分断攻撃を強めた(※ 49)。

 一方、看護婦の養成期間を高卒 3 年から高卒 1 年に短縮することを骨子とした、いわゆる「安上がりの看護体制」への「合理化」案が自民党によって 69 年秋より具体的に画策され、70 年春の通常国会に提出される。総評医療共闘会議を中心とした闘いで全野党が反対の立場となり、最終日のギリギリに法案を廃案に追い込み阻止する。もちろん、これらは、ニッパチ闘争とも相互に関連する運動ではあったが、ニッパチ闘争への集中度が分散されたことは否めない。

 このように、ニッパチ闘争は、69 年に入り体制的な反撃を受け、それを押し返しつつも、「医療労働者が1昨年からの自らの闘いを通じてつくり出した有利な医療情勢をさらに発展させ、職場の医療内容の改善、権利を守り労働条件を大幅に改善させる成果に全体としてのばすことはできなかった」のである。

※引用文中の強調はカナガクによります。

原注

※ 48 日本医労協第(1970)『16 回定期大会議案』。

※ 49 この点について、慶応義塾『塾監局小史Ⅱ』編集委員会(1987)『塾監局小史Ⅱ』は、『塾監局小史Ⅱ』は、〔反復は原文ママ〕「労組は組合ダイヤによる実力行使を継続して、遂に 9 月 1 日まで争議を収めなかった」「文字通り行き詰まる緊張と混乱が続いた」「(夜勤回数は)現在(1985 年頃)はおおむね 8 回台に収まっているが、…この問題は今日なお、十分な解決を見ていない。」としている。(287-288 頁)

参考文献

岡野孝信,「看護婦『増員・夜勤制限(ニッパチ)闘争』の特徴と歴史的意義」31 ~ 33 ページ,『千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書』 (311) 18 ~ 76 ページ,https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/103099/S18817165-311-P018-OKA.pdf#page=14,千葉大学大学院人文社会科学研究科,2017 年2月 28 日.