『それでも人のつもりかな』読書感想文


有島希音それでも人のつもりかな読書感想文です。

分量は、400字詰め原稿用紙で5枚程度です。


『それでも人のつもりかな』

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※ 表紙の亜梨沙の服装。本文中では「すばやく着替えをすませ」(167ページ)たあとなので、「ズボン」(147ページ)です。


『それでも人のつもりかな』を読んで

神奈川 花子

 『それでも人のつもりかな』は、安っぽい子ども向けの本だ。しかし、ブンガク面した奴らに、私たちの何が分かるというのだろう。いかめしいハードカバーの文学全集のなかに、今の、この、私たちに向き合う何があるというのだろう。

 私たちは安っぽい生を生きている。私が毎日を過ごしているのは、百円ショップのプラスチックとファーストフードのゴミくずに埋もれた、病的にカラフルな部屋のなかだ。自分で最後にりんごの(本物のりんごの!)皮を剥いたのはいつのことだろう。アップルパイの包み紙はそこらじゅうに散らかっているのに。

 娯楽だって、安っぽいのが良いのだ。いや、むしろ、安っぽいからこそ娯楽なのだ。

 『それでも人のつもりかな』は、ケータイ小説のように安っぽく、深夜ドラマのように低俗だ。しかし、こういう低俗な小説がきちんと流通してくれないと困る。とりわけ、児童文庫には満足できないけれども、大人の世界の小説は読みづらいような女子にとっては。

 女の子向けの子どもだましは多い(私は褒めことばを書いているつもりだ)。男の子向けのファンタジーも山のようにある。しかし、「この手の」本の勢いは、驚くほど弱い。せいぜい地域の図書館ががんばっているくらいだ。

 『それでも人のつもりかな』の表紙は、扇情的な、血痕を思わせる絵の具が飛び散ったデザインだ。そのイラストも、コンピューターで描かれたと一目で分かる、とてもゲージュツ的とは言えない代物だ。主人公の名前からして「星亜梨沙」という、いかにも「らしい」名前である。ケレン味たっぷりのイジメの場面、残忍で人格を持たない悪役たち、ショッキングな場面を狙って差し挿まれるイラスト……。この本が狙っているのが高尚なブンガクなどではなく、私たちにとっての娯楽であることは明らかだ。

 私はときどき、ひょっとしたら、こういう作品の方が、真摯に「文学」を追及しているのではないかと思えることがある。『それでも人のつもりかな』は徹頭徹尾、内面を描いている。そこでの問題は自意識であり、問題の扱い方に垣間見えるのは強烈なエゴイズムだ。他者のことなど知ったことではない。私にとって問題なのは、私と、この私をとりまく限りにおいてのこの世界だ。

 作中、学校行事が次々と他人事のように終わっていく様子が、妙にリアルに感じられた。なぜなら、学校行事は他人事だからだ。亜梨沙のように欠損を抱えた人間にとって、満たされた子たちがはしゃぐ行事など、本当に心底どうでもいいものだ。問題はただ、不完全な自意識のなかだけにある。

 欠損を抱えた登場人物。亜梨沙、美有、上村……。彼女らにこそシンパシーを感じる。もっとも、上村の身の上話は余計だったけれども。

 私をとりまくのは、どうしようもない世界だ。イジメっ子の由奈をはじめとして、小学校の担任、亜梨沙の母親、美有の父親……。そんな奴らが掃いて捨てるほどいる。腐った、せこい、ズルい奴らども。そいつらまで含んで成立してしまっているこの世界など、滅茶苦茶に破壊されてしまえばいいと思うことがある。そうやって破壊された世界を夢想して甘い気持ちになることがある。それはちょうど、スクリーンのなかの怪獣に自分たちの都市が破壊されるのを見る快楽に似ていると思う。

 この物語は亜梨沙を取り巻く世界を一ミリも変えることなく終わる。外的状況は何も変わっていない。最高の終わり方だ。私を取り巻く現代のディストピアは、決して易々と変わろうとしないのだから。私はきっとそんなディストピアのなかで、悩み、悲しみ、世界を変えることができない子たちの物語が好きなのだろう。どうしようもない世界の中で、自分なりの最善手を真摯に打ち続け、どうしようもなく、圧倒的に敗れる物語が好きなのだ。そして、その無力感が、甘い悲しみや悲壮な決意へと変わる瞬間が好きなのだ。

 「べつに、あんたにいわれたからじゃないからね。あたしは……自分で決めたんだ」

 私たち自身も、世界の一部分だ。だから、意地でも思おう。「私たちは世界を変えることができる」と。自分の周りを変えることはできないかもしれない。しかし、自分に与えられた空間と時間とを、守り、より良いものへと変えていくことならできるかもしれない。持ち場を「守る」。ファランクスを組む兵士のように、自分の持ち場を守ることによって、私たちは何かに打ち勝てるかもしれない。たとえ自分の持ち場だけでも、少しずつ世界を変えていって、昨日よりも良い今日、今日よりも良い明日を作っていけるかもしれない……。この本を閉じて、私はそんなことを考えていた。


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