『白いイルカの浜辺』(ジル・ルイス)読書感想文例 中学校


2016年度「第62回 青少年読書感想文全国コンクール」課題図書、『白いイルカの浜辺』の読書感想文例です。

分量は、400字詰め原稿用紙で5枚ぴったりです。

白いイルカの浜辺

白いイルカの浜辺 (児童図書館・文学の部屋)

白いイルカの浜辺 (児童図書館・文学の部屋)

  • 作者:ジル ルイス
  • 出版社:評論社
  • 発売日: 2015-07-30

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『白いイルカの浜辺』を読んで

神奈川 花子

 私たちは、自分の親に向かって

 「あなたが私の親だと信じています」

 とは言わないし、そう思うこともない。親が親であることは当たり前だから、わざわざ信じる必要がないのだ。信じるという行為の裏には、常に、疑う思いが潜んでいる。

 『白いイルカの浜辺』の主人公の少女カラは、行方不明になった母親の帰りを信じて待っている。彼女の信じる思いの裏にも、やはり、疑う思いがある。それは、母親が自分と自分の父親よりも、イルカを選んだのではないかという疑念だ。つまり、カラは母親の愛を疑っている。

 この物語は、そんな少女カラが心を開いて「母さん」の愛を確信し、その死を受け入れるまでの物語である。

 カラの母親は海洋生物学者だ。ある日、難読症の夫と、同じく難読症の娘カラを残して、イルカを守りにはるか遠くの海へと向かってしまった。そしてそれきり帰って来ない。

 私はこれを読んだとき、

 「なんて身勝手な母親だろう!」

 と思った。自分がいなくなれば、夫と娘がひどくみじめな状況に陥ることは分かっていたはずだ。それにもかかわらず、彼女はイルカを助けに出かけてしまった。

 イルカを守る環境保護活動家など、ろくなものではない。家族よりも何よりもイルカの方が大切なのだ。私はイルカが好きな欧米人に対する偏見がさらに強まる思いだった。また同時に、残された難読症の二人を、とてもかわいそうだと思った。

 カラは、母の帰りを信じて待ち続ける。読めない聖書のページを破り捨て、ただ「しるし」を集め続ける。「しるし」というのは、母の帰りを暗示するかのように思われる些細な現象や漂着物などだ。そんなカラが学校になじめるはずもなく、いじめっ子のジェイクやイーサンにいつも汚い言葉を投げかけられている。親しい友人はいないようだ。カラが話せる相手といえば、いとこのデイジーと父親くらいのものである。身内のなかに閉じこもり、帰って来ない母親を待つ少女は、本当に哀れだ。

 そんなカラに訪れた転機が、脳性マヒの少年フィリクスとの出会いだった。彼は体の半分が動かず、片手が不自然に曲がったままになっている。かわいそうだと思うのだが、彼自身はそれを少しも気に留めていない。彼と一緒に船に乗ったり、白いイルカの子どもを助けたりしているうちに、カラは身内だけの閉じた世界から、だんだんと他者に開かれた世界へと足を踏み出していく。

 カラを最も大きく変えたのは、ダギー・エヴァンズとの対決だ。トロール船の所有者である彼は、カラや彼女の家族たちとはまったく異なった価値観を持っている。カラたちが海を美しいものだと思っているのに対して、ダギー・エヴァンズは収益の源泉だと思っている。二人の息子がいたのだが、兄のアーロンは沖合に漁に出たときに事故で死んでしまった。彼が沿岸ではなく沖合に出なければいけなかったのは、カラの母親のせいだった。だからダギー・エヴァンズはカラたちを憎んでいる。ジェイクがカラたちを憎んでいるのも、実は同じ理由からだ。彼はアーロンの弟である。

 ダギー・エヴァンズとの対決の決着は、ヨットレースの日につく。荒天にもかかわらず強がって海に出たジェイクとイーサンを、フィリクスとカラが助けるのだ。この救助のシーンは、物語のクライマックスである。ジェイクが生きてもどってくることを涙ながらに願うダギー・エヴァンズに、鳥おばさんと呼ばれる変人、ペンルーナさんが言い放つ。

 「何のためにもどってくるんだね、ダギー?あんたは、どんな世界を息子に残してやるんだね?」

 ダギー・エヴァンズへの決定打だったのではないだろうか。彼はここに、美しい海を守ることを心に決める。

 カラはこの経験を経て、「母さん」も自分のことを愛していたのだと確信を得るに至る。そしてこう思うのだ。もし「母さん」が生きていれば、大事な家族のために必ずもどってくるはずだ。もどってこないということは、死んでしまったということだ、と。そして母の死を受け入れるのである。カラたちはこの日から、新しい一歩を歩み始める。

 カラが母の死をなかなか受け入れられなかったように、私たちも日々、様々なことを受け入れられないでいる。しかし、それを受け入れ、当たり前だと思うことで、私たちも前に進むことができる。例えば、物語を読んでいく中で、私たちは、環境保護活動家の「母さん」や、難読症のカラと「父さん」、脳性マヒのフィリクスたちを、変だともかわいそうだとも思わなくなっていく。私たちは、常に、そういった出発点に立ち返り続けていくべきなのだろう。


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