『生きる: 劉連仁の物語』(森越智子)読書感想文例 中学校


2016年度「第62回 青少年読書感想文全国コンクール」課題図書、『生きる: 劉連仁の物語』の読書感想文例です。

分量は、400字詰め原稿用紙で5枚目にかかる程度です。

※ かなり政治的な本です。それに伴って、感想文例も一定の傾向を持ちますが、これはサイト全体の傾向を示すものではありません。

生きる: 劉連仁の物語

生きる: 劉連仁の物語

生きる: 劉連仁の物語

  • 作者:森越 智子
  • 出版社:童心社
  • 発売日: 2015-07-05

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『生きる: 劉連仁の物語』を読んで

神奈川 太郎

 本を読み、過去に学ぶことは、何かにすぐに役立つわけではない。しかし、私たちにとってとても大切なことだ。

 私はこの本を読むまで、劉連仁のエピソードを知らなかった。また、日本人が中国人を奴隷のように働かせていたということについても知らなかった。そうしたことについて本を書き、私たちに過去の物語を教えてくれた筆者に感謝したい。

 思うに、筆者の森越智子にこの本を書かせたような優しい心は、いま世界中で失われつつあるのではないだろうか。例えばアメリカでは、大統領選挙の候補者選びで、過激な主張を繰り返す候補が人気を集めている。ヨーロッパでは、多くの国々が中東からの難民の受け入れに難色を示し始めている。その中東で吹き荒れているのは、過激思想や独裁、民主化要求などを巡る暴力の嵐だ。

 なぜ世界はこんなことになってしまっているのだろうか。それは、私たちが本を読み、過去に学び、思いやりを持てるような、心と時間の余裕を失い始めているからだ。

 経済的成功が重視される現代社会で、私たちはまず、心の余裕をなくしている。常に成功を求め、転落を恐れては効率を求めている。転落してしまった者は、自分たちの不幸の原因を他者に求め、排外主義に走る。そこで疎外されたものは破滅的な考え方に共感していく。

 私たちはまた、時間の余裕もなくし、安易な情報ばかりに触れるようになってしまっている。じっくりと本を読むような時間をとることはほとんどなく、テレビやスマートフォンから与えられる情報に身をさらすだけだ。そこに流れてくる情報といえば、日本人がいかに世界中で活躍し、感謝され、尊敬されているかということを伝えるテレビ番組であったり、アジアの人々へのヘイトであったりする。

 私が読書感想文を書くために『劉連仁の物語』を選んだとき、友人の何人かは怪訝な顔をした。「なぜ中国人のことが書かれた本などを読むのか」と。彼らは中国にあまり良いイメージを持っていないのだ。私は彼らに世界を覆う暗い雲の広がりを見る思いがした。

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 私は、森越のような優しい心を持ちたいと思う。そして、メディアから流れてくるイメージばかりに染まらないでいたいと思う。そのためにも、もっとこうした読書をしたいと思う。

 この本が最も伝えたかったことは、おそらく、エピローグに書かれている、過去から今への伝言だ。

 エピローグが大切であることは、本の構成から痛いほど伝わってくる。この本のプロローグでは、劉連仁の息子が天津の港で父を待っている様子が描かれている。ふつう、プロローグとエピローグは対応させるものだろうから、私はエピローグで父と子の再開の様子が描かれるものとばかり思っていた。しかし、そうした場面の描写はなく、過去の歴史から見た現代の問題点が詳細に綴られていた。その記述は、私に、過去に学び、そうした諸問題に向き合っていかなければならないと思わせるのに十分なものだった。

 私はこれから、劉連仁についてさらに調べたいと思う。この本に書かれている内容のうち、どこが森越の創作で、どこが劉の証言によるものなのか。そして、どこが史料に裏付けられたものなのか。さらには、たとえ史料のあるものであったとしても、その史料はどの程度信頼できるものなのか。

 劉以外の四人の運命についても調べてみたい。北海道の炭鉱から脱走したのは劉を含めて五人だった。その内の二人は途中で「捕まり」、また二人は「保護された」という。彼らはその後、いったいどうなったのだろうか。

 今年、私たちは戦後七十一年を迎える。戦争の当時を知る人々はどんどんと高齢になっている。中学生の私たちが、その方々の声を未来の世代へと伝えていかなければならない。戦争の愚かさ、平和の尊さを語り継ぎ、決して第二・第三の劉連仁を生み出してはならない。


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